旅するパン屋 機動力女子 塚本久美(32)

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塚本久美さんは、パンを作るために2016年3月に千葉県柏市から丹波市へ移住してきた旅するパン屋さんです。

どうしてわざわざ丹波市にパンを作りに来たのでしょうか?

謎が謎を呼びそうなので本人に聞いてみたいと思います。

 

【取材班】こんにちは!

【塚本さん】こんにちはー

 

 

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そこには、のんびりした雰囲気を身にまとった女性の姿がありました。

 

 

 

【取材班】噂に聞いていた旅するパン屋というのは、塚本さんのことなんですね。

【塚本さん】そうです!

 

旅するパン屋

 

【取材班】旅するパン屋って、具体的に今は何をされているんですか?

【塚本さん】ぶらぶらしてます。

【取材班】ぶらぶら?

【塚本さん】まだ丹波市に来たばっかりで開業準備中なんです。

旅するパン屋というコンセプトで、

一月のうち10日間はなんらかの生産者さんのところに行ってパンの材料をもらい、

残りの20日間でその材料を使ってパンを作る、

というスタンスでやっていこうと思っています。

それで今はあちこち飛び回っています。

 

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【取材班】なるほど、だから旅するパン屋なんですね。

どうして10日と20日なんですか?

【塚本さん】正確には一月ごとというより、月の動きに合わせて動くことにしていて、新月から月齢20日までと、月齢21日から月齢31日に分けて動きます。

【取材班】なんかよくわからないですけどおしゃれですね!

【塚本さん】西暦に背を向けようと思って笑

 

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ものづくりが好きな腕利きのパン職人

【取材班】塚本さんはかなり腕利きのパン職人だと聞きましたが、

どういう経緯でパン職人に?

【塚本さん】東京の大学に通っていて、

卒業後は普通にリクルートの会社員として3年間働いていたんですが、

もともと何か作るのが好きでパン屋になりたいという夢があったので、

リクルートを辞めてパン屋に転職しました。

「シニフィアン・シニフィエ」という有名なパン屋に転職して、

志賀シェフという日本フランスパンといえばその人のおかげ、と

言われるぐらい有名なシェフのもとで働きました。

【取材班】なるほど、どうりで塚本さんも腕利きなわけですね。

【塚本さん】そこでしばらく働いていたのですが、

自分一人でパンを作れるようになったので独立するためにパン屋をやめました。

【取材班】それは思い切りましたね。

【塚本さん】パン屋って、そういうスタンスが多いんですよ。

だいたい、スキルを身に付ければ独立する人が多いです。

パン屋をやめてからは、ドイツを旅しながらいろんなパン屋で研修させてもらいました。

 

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ほんの15秒の出会いと思いやりが丹波市移住のきっかけに

【取材班】そういえば、丹波市って別にパンが有名とかそんなことないですよね。

どうしてわざわざ丹波市に移住してこられたんですか?

【塚本さん】パン屋をやめたタイミングで偶然、

島根県の石見銀山にパン屋をオープンしている友人から

「あまりにも忙しいから手伝って欲しい」という連絡がきたので

辞めた次の日にそっちに行きました。

その時に、田舎でパン屋をやるのっていいなーと思ったんです。

【取材班】そうなんですねー。

そこから丹波市に来られたんですか?

【塚本さん】そうなんです。

もともと、Café ma-noの店長である北さんが、偶然シニフィアン・シニフィエの前のコーヒー屋さんのコーヒーを仕入れていて、コーヒー屋の店長が「目の前にあるパン屋が有名でおいしいよ」と紹介してくれたらしく

そこで北さんと知り合いました。

その時は名刺だけ交換して15秒ぐらいで別れたんですけど

そのあとFacebookでつながって、

興味があって北さんの投稿を見ていたのですが

ある日「丹波市の農家のゆずを使ったゆずピールを作った」という投稿をしたので

「食べに行きたかったー」とコメントをしたら北さんがわざわざゆずピールを送ってきてくれたんです。

【取材班】うわー、すごいマメですね。

【塚本さん】なので、今度はそれをパンにして返したんですけど、

そこから一気に仲良くなって、

「そのうち遊びに行くね」という約束を取り付けたので

島根県に遊びに行くついでに丹波市に寄ったんですよ。

それが初めて丹波市に行ったときで2014年9月でした。

それからまた1年後の2015年6月に丹波市に来て、Café ma-noでパン祭を一緒に開催しました。

【取材班】何度か丹波市に来られたんですね。

【塚本さん】そうですね、そのあとも何回かパン祭をしたのですが、

今年(2016)の初めにパン祭をしたときに、

丹波市でジェラート屋さんをしている山下さんがパンを評価してくれて、

お店を開く場所を提供してくれると言ってくれたんです。

本当は東京でお店をやる予定だったんですが、

お店をする場所が手に入ったので、

じゃあ丹波市でやるか!ということになりました。

ちなみにその時にシェアハウス(はなやぎ)に泊めてもらっていたので、

お店をする場所と同時に住む場所も見つかったんですよね。

【取材班】それはもう、丹波市でやるしかないですね笑

 

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これからチャレンジしたいこと

【取材班】塚本さんがこれから丹波市でチャレンジしたいことってありますか?

【塚本さん】竹細工ですね。

【取材班】竹細工?これまた意外な回答ですね。

【塚本さん】もともとものを作るのが好きで、

昔は宮大工とか西洋人形の目玉を作る職業に超憧れていたんですよ。

【取材班】宮大工はともかく、西洋人形の目玉って渋すぎますね。

【塚本さん】そうですか?笑

ただ、ものを作るよりも食い意地が勝ってしまって、パン屋になったんですよ。

で、パン屋がそこそこできるようになったので、

今度こそものを作ることにチャレンジしたいと思ったんです。

【取材班】なるほど、食い意地はパン屋で解消されたわけですね。

【塚本さん】実は丹波市の春日は竹細工が有名で、

竹細工職人の有名なおじいちゃんたちがいるんです。

竹細工のコミュニティがあるんですが、

最年少でもおじいちゃんという高齢社会の影響をもろに受けています。

まだパン屋を開業することにバタバタしているので、

本格的に挑戦するのはまだ先ですが、

いずれはそのコミュニティにも所属できたらいいなーと思っています。

【取材班】竹細工で何かするんですか?

【塚本さん】自分で作った竹細工のカゴでパンを持ち運んだりできたらいいなーと思って!

【取材班】それは素敵ですね!

 

移住者に向けてアドバイス

【取材班】塚本さんの丹波市への移住経験から、

これから丹波市に移住したいという人に向けて何かアドバイスはありますか?

【塚本さん】そうですね、一番強く思うのは

移住の成功の秘訣は、移住してくる前に現地に10人ぐらい友達を作ることだということですね。

そのあとに移住すると心強いですよ。

一回の一目惚れで移住を決めてしまうのではなく、

何度もその地域へ通ってから決めたほうがいいと思います。

【取材班】なるほど、急がばまわれということですね。

 

【取材班】今日はありがとうございました。

それでは最後に、塚本さんの人生の転機について教えて下さい。

 

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【TURN WORDS】

「塚本久美はこういう人間だ」

中学校までは自分で言うのもあれですが超いい子だったんです。

クラスの出木杉くんみたいな存在でした。

でも、高校に入ってから高校自体がすごく自由な学校で、今までの自分は大人の目を気にして優等生を演じていたんだということがわかりました。

自分で善悪を考えなさい、という方針の高校で、自分がどういう人間なのかを深く考えるきっかけになりました。

 


 

自分らしく生きる塚本さんの自由奔放さと自分がやりたいことにはすぐに取り組む機動力の高さはまさに機動力女子でした。

日本全国を飛び回りながらパンを作る仕事は、機動力女子の塚本さんにしか成し得ない仕事なのだと思います。

これから塚本さんがオープンするパン屋が一体どんな風になるのか、楽しみでしかたがないですね!