サドベリースクール・里山楽校を開校した女子大生。自分の経験が教育の輪を広げる
中山貴美子さん
2017年から丹波市が実施している「お試しテレワーク」企画で丹波市の関係人口として毎年移住者のインタビューに来てくれる、東京在住のライターFujico氏。コロナ禍で2年の期間が空きましたが、感染状況が落ち着いたタイミングで再び丹波市に来てくれました。
普段、東京に住んでいる彼女の目には、丹波市の人たちの暮らしはどんな風に映るのか。
この記事は、彼女が丹波市での滞在期間中に出会い、交流された方へのインタビューをまとめたものです。
丹波市に興味がある方はもちろんのこと、丹波市に住む方々も楽しく見ていただければと思います。
※この記事は、2022年5月後半に行ったインタビューです。東京から丹波市に来る際にFujico氏には新型コロナウイルス感染の可能性がないかチェック頂き、十分な感染予防実施の上移動とインタビューを行って頂きました。撮影時のみ、マスクを外して頂いている写真もございます。
のどかな里山に抱かれながら、子どもの個性を伸び伸びと磨いていく…そんな理想的な教育がここにはある。農薬不使用、露地栽培で農業を行う株式会社 竹岡農園が、新たに6歳から18歳が通うサドベリースクール・里山楽校 ふえっこを開校した。この学校を開業するきっかけとなり、プロジェクトリーダーとして開業から運営までを担当しているのが中山貴美子さんだ。いわゆる一般的な義務教育とは全く違う学校を、なぜ丹波市という土地で始めることにしたのだろうか。子どもの教育方法や教育の場について悩んでいる方は、里山楽校 ふえっこが一つの選択肢になるかもしれない。
勉強の壁にぶつかり、世界の教育方法を知る
岐阜県生まれ岐阜県育ち、3人兄弟の真ん中として育った中山貴美子さん。小さい頃から漠然と、子どもに関わる仕事につきたいと考えていたという。本格的に教育分野に興味を持ち始めたのは、勉強が嫌になったことがきっかけだった。
中学生、高校生になるにつれて、どんどん勉強が楽しめなくなりました。そこでフィンランドの教育について書かれた『競争やめたら学力世界一 フィンランド教育の成功』という本を読んだんです。この本を読んだことで、私たちが当たり前だと思っていた日本の教育とは違う、もっとおもしろい教育があるんじゃないかと思い始めました。
机に座って先生の話を聞いてひたすら暗記をしたり、学力競争をさせたりする日本の教育とは違う教育に興味を持ち始めた中山さんは、京都大学に進学して教育学部で臨床教育学を学ぶことにした。臨床教育学とは、教育の理論と実践の往還の中で、教育という現象を捉えようとする学問のことだ。中山さんは、デンマークやイタリアの幼児教育、フィンランドやオランダの初等教育について特に興味を持って学んだ。
例えばフィンランドは、技術や木工のような生活に根ざした教育を多く取り入れています。また英語を学ぶにしても学校教育だけではなく、テレビで洋画を流すなど、英語に親しむ環境を作り上げていたり、教材も保育の段階で配ったりします。学校だけでは完結せず、国も全面的にサポートしているんです。
海外の教育方法を学んだり、実際に現地まで足を運んでその教育に触れたりすることで、子どもの頃から本物に触れてみたり経験してみたりすることが、人生において重要だと感じた中山さん。一方で、日本の教育方法に限界を感じたとも言っている。
子どもたちに触れていく中で、日本の教育方法に限界を感じる
大学に通いながら塾講師や家庭教師、見守り保育のアルバイトを行った中山さんは、教科書に沿って決められたことを行う教育方法に限界を感じたという。なぜならその子に合った教育方法は、教科書の流れと一致しているとは限らないからだ。
子どもたちの勉強をサポートすることで、彼らがやりがいを持ったり達成感を高めたりしてくれたことに喜びを感じられました。しかし、その子たちが今やりたいと思った気持ちを潰してまで、学校教育の流れに沿わすことが大事なのか疑問に思ったのです。席に座って勉強することも大事かもしれませんが、その瞬間にその子たちが感じる、何かをやりたいという気持ちを摘み取ってしまうのは違うのではないかと思いました。
高校生から発達障がいを抱える子まで、さまざまな子どもたちと携ったことで、今とは違う子ども社会の可能性を見出し始めた中山さん。そんな時、丹波篠山市で若者の支援をしていた方が、丹波篠山市で開催している「学校じゃない教育の仕事」というイベントをみつけた。そしてそのツアーに参加したことで、学校じゃない教育のあり方についてのヒントをもらったそうだ。
ツアーでは篠山チルドレンズミュージアムやデモクラティックスクールまめの木などを見学させてもらいました。そのツアーに参加したことで、地域が一丸となり豊かな自然環境の中で子ども達を育てていくという道があるのだということを知りました。そこから2年と半年が過ぎて大学院に進学する予定でしたが、必要な単位が取れておらず留年することになってしまって。そこで一旦休学し、色々な農業を中心とするコミュニティを見てみようと思ったのです。そんな時、丹波市にある里山ようちえん ふえっこのオンラインイベントを拝見し興味を持ちました。
農薬を使用せず、体や地球に負担をかけない方法で農作物を作っている竹岡農園が運営する里山ようちえん ふえっこの、子どもたちへの思いや関わり方に魅了された中山さん。さらに竹岡農園では、農家レストランや農家民宿、酵素風呂など循環型のおもてなしを幅広くしていたこともあり、子どもたちがさまざまな経験をするのに理想の環境ではないかと感じたそうだ。こうして2021年、中山さんは大学を休学し竹岡農園でインターンをすることとなった。
丹波市の里山ようちえん ふえっこに研修へ。里山楽校の開校を目指す
里山ようちえん ふえっこは、自然と共に生きる自然共育、年齢で分けない異年齢保育、子どもたちのペースを確保するための少人数制、そして異世代交流のきっかけにもなる地域との繋がりを大事にするようちえんだ。自然の中で子どもたちがどう生きる力を養えるか、自分で考える力を養えるかを考えながら保育を行っているという。
里山ようちえん ふえっこで研修を受けさせてもらいました。ようちえんだけではなく農業もさせてもらい、良い循環を生み出すコミュニティの形を経験することができました。
農園で2週間過ごした後は、九州や北海道の村社会について学ぼうと思っていた中山さんだが、ふとした会話から丹波市に引き返すことが決まったのだ。
竹岡農園の代表・竹岡さんに駅まで送ってもらった時に、ふえっこの子どもたちが卒園した後に、ずっとここに繋がっていられるような場所を作りたいという話を聞きました。それを聞いて、私も何かお手伝いできることがあるんじゃないかと強く思ったんです。気付いたら、九州や北海道には行かず丹波市に戻ってましたね。(笑)
こうして丹波市に戻った中山さんは、インターンという形で住み込みで竹岡農園の仕事をすることになった。ようちえんや農園などで働き始めて半年が経った頃、本格的に里山学校の開校に向けての話し合いが行われた。
丹波市の里山だからこそできる自立と好奇心を促す教育がスタート
丹波市の里山に学校を作るならば、ここの土地に根付いた教育をしたい。その思いを元に、もし0歳から20歳までここで育つならどんな場所にするのがいいのか、構想を立てた。竹岡農園の代表、ふえっこのスタッフ、ふえっこに子どもを通わせているお母さんやサポーターの方々とともに議論に議論を重ねて、ようやくできあがったのが「里山楽校 ふえっこ」だ。
里山楽校 ふえっこはいわゆるオルタナティブスクールで、子どもたちの持つ好奇心を自由に育てていく方法で運営します。さらに丹波の自然環境の中で育つことによって、本質的な感性を磨くことができます。
※オルタナティブスクール
従来の学校教育とは異なったスクールのこと。オルタナティブ(日本語訳:主流な方法に変わる新しいもの/代案)
里山楽校に通う子どもたちは、自分たちで毎日何をやるのかを決めることから1日が始まる。そうすることで自発性や責任感が生まれるのだ。さらに月に数回、「イケてる大人」を呼んで話を聞いたり関わったりすることで、子どもたちの世界を広げる手助けを行っている。今までに作曲家や落語家に来てもらった。また、丹波市といえば大自然だ。都会のサドベリースクールと違い里山にある里山楽校では、川で遊んだり、火おこしをして料理をしてみたりするなど、自然とともに共存していた時代の暮らしを体現することで、より本質的、普遍的な感性を育てることができるのだ。
里山楽校では、子どもたちが自分で考えて何かを生み出す時間と、私たち大人が積極的に関わって選択肢を増やす時間、両方を設けています。そうすることで、より子どもたちの未来の幅を広げることができると思ったからです。ただ基本姿勢は、子どもたちがやりたいことを応援しサポートすることとしています。
※サドベリースクール
オルタナティブスクールの種類の1つで、オルタナティブスクールの中でも自由度が高い教育であり、子ども自身が自分でやりたいことを決め、子ども達の好奇心に沿った遊びや体験から学んでいくスクールのこと。
日本の教育のシステムの中では、その子がやりたいことを全力で応援することが難しい環境だったという中山さん。それを可能にしたのが、この里山楽校 ふえっこだ。また、サドベリースクールに興味はあるけど、フルタイムで通わせるのには抵抗がある親御さんや、通常の学校にも里山楽校にも行きたいというお子さんのために、学校は寄付金を集めて運営している。そうすることで、里山楽校に来たいと思う子どもたちが自由に通えるようになるからだという。今では、週の4日間は公立に通って1日は里山楽校に通う子、月1で他県から通ってくる子、また地元の学校に通いながらも里山楽校に遊びに来る子など多様な通い方があるそうだ。
運営を初めて2ヶ月。子どもたちの変化に触れて
2022年4月に開校し約2ヶ月。正式に通う6名の生徒を中心に、日々新たなことに挑戦し続けているという中山さん。普通教育で学ぶ算数や国語が、この学校では体験を通して自然と身についていく。例えば、木工一つとっても、作る物の縦、横、高さの寸法を測らなければならないため数字を使うし、時には理科も使う。さらに自生している草が食べられるかどうか見極めて料理をしたり、イタドリのジャムを作ったりすることで、材料は何グラム必要なのか、砂糖の比率はどれくらいなのかと体感を伴った考え方をしていくようになっていくのだ。
まだ開校して2ヶ月ですが、すでに子どもたちの中に変化が見られます。例えば、ある小学2年生の男の子は、道端でとれたもの(イタドリや花の蜜など)を食べることに抵抗がありました。しかし、一か月後の「野草天ぷらの日」をきっかけに、自分が摘んだたんぽぽで天ぷらを作り、おいしいとバクバク食べたんです。その日から、野菜嫌いだったのにも関わらず、色々な野菜も食べるようになりました。
通常の学校教育を受けてきた人々は、給食の時間に「体に良いから食べなさい」と先生に怒られて休み時間に遊べなかった、なんて経験はないだろうか。そうやって無理やり食べさせようとしても、実際に食べられるようになるのは難しい。しかし、友達がおいしそうに食べていて、自分のタイミングでチャレンジする勇気がでた時は、すんなり食べることができるのだ。中山さんは食だけではなく、勉強も同じだという。
テストの点数を取るために一冊覚えるのではなく、楽しそうに誰かがやっているものをみてやったことの方が楽しいし、その子の中には残ります。私自身、昔から好きなものはなんだかんだ変化しておらず、それを今に活かせています。無理やりやったことってその場しのぎでなかなか身になることは少ない。それだったら、好きだと素直に思えるものを早い段階でとことんやらせてあげる方が良いと思うんです。
中山さんは里山楽校を運営することで、子どもたちだけではなく大人にも学校以外の選択肢があることを伝えていきたいという。学校には学校の役割、里山楽校には里山楽校の役割があり、連携を取っていく必要があると感じているそうだ。
子どもの夢を叶えて、理想の村を作ること。それが私の夢
子どもたちは小さい頃からすでに夢がある。パン屋さん、警察官、お嫁さん、ケーキ屋さん…将来、彼らが本当にその職業に就くかどうかはわからないが、夢があるならその夢を叶えるための手伝いをしたいと中山さんは言う。
夢って心の支えになりますよね。エネルギーを与えてくれるものだと思います。夢があって、それを叶えるために頑張ろうって思うだけで、子どもたちは頑張れるんです。その夢を叶えるのに必要なものごとは、率先して行うでしょう。まだこの学校を開校して2ヶ月です。何が正解だったかはまだわかりませんし、子どもによっても違います。でも子どもたちが自分の夢を叶えていけるような場所にして、そしてこれが村のような、風土と個性を活かすことで、人も自然ものびのびとできるコミュニティになればいいなと思います。
地に根付き、地球に負担のかからない生活をする自立した人々が100人集まったら、もっと豊かな生活を送ることができるのではと考える中山さん。そんな村を作るのも、彼女の夢の一つだ。そんな中山さんは今年の4月から復学し、オンラインで授業を受けながら里山楽校の運営を行っている。大学の教授も今の活動を応援してくれて、自分ができる形で単位が取れるようにしてくれたそうだ。
大学を卒業しても丹波市で里山楽校を運営していきたいと思います。自然栽培のお米がおいしい丹波市。農作業をしていると頑張りすぎんなよ!と声をかけてくれる優しいコミュニティがある丹波市。見てるだけでほっとする山がある丹波市。この環境で私自身も成長できている気がします。
コロナ禍だったこともあり、多くの人とまだ交流はできていないが、今後はさらに丹波市での交流の幅を広げていきたいという中山さん。子どもたちの成長と、中山さんの成長がお互いに良い影響を与えて、このコミュニティに、丹波市に、そして日本、世界へと良い影響が出ていくのではないかと感じさせてくれた。里山楽校に通う子どもたちの成長と、中山さんの村づくりが今後も楽しみである。
編集部も様々な方の移住に関わる仕事をしていて、丹波市に限らず地域に移住する方の中には「自然の中で、自由な教育環境を得たい」と考えて候補地を選ぶ方も一定数おられるように感じます。中山さんのように、自分自身の疑問から、現地を見に行って、実際に行動を移すところまでは大変かもしれません。でも、教育環境も選ぶことができる今の時代に、サドベリースクールや中山さんの村とコミュニティの考え方を一度体験しに行くことは、きっと子どもにとっても親にとっても新しい視野が開ける一歩になるかもしれません。