【起業インタビュー】麺屋とも

久下智之さん~「いつかやろう」では、きっとやらない。Uターンを機に地元で始めたラーメン屋~

丹波市へUターンされるまでの経緯を教えてください

丹波市氷上町三原の出身で、氷上中学校から篠山産業高校に進み、卒業後はフリーターをしてました。20歳の頃に「働かざるもの食うべからず」ということで実家から働きに出るようにと言われ、地元の友達がいた名古屋へ出て、半年ほど居候してから丹波へ戻り、それから15年ほどは丹波市内で働いていました。

最初は営業職で、その後は地元の工場に勤めて、35歳の時に再び名古屋へ行きました。以前居候させてもらっていた友達がラーメン店を経営していて、「2店舗目を出すから手伝ってほしい」と声を掛けてもらったのがきっかけでした。

ただ、いつか丹波に帰ること自体は昔から決めてました。僕は末っ子長男で、祖父母から「長男は家を継ぐもんや」と言われて育ったのもありますし、そもそも都会暮らしがあまり得意ではなかったんです。

名古屋では朝から晩まで働いていましたが、店が入っていたビルの建て替えで立ち退くことになり、その頃ちょうど妻の妊娠も分かって「子育てするなら地元がいいな」と。もともと帰るつもりだったこともあって、2024年10月に丹波へ帰ることにしました。

Uターンされてから起業されるまでの間はどんな生活でしたか?

帰ってきた時点では、普通に就職活動もしていました。地元の工場から声を掛けてもらったこともあります。なので、最初は一度就職して、もう少し自己資金を貯めようとも考えました。

でも、就職したら「いつか店をやろう」と思いながらも、その生活に慣れて多分やらなくなる。それなら、資金は借りることになっても、今やった方がいいと思いました。最後は「ノリと勢い」ですね(笑)

なぜラーメン屋を始めようと思ったんでしょう?

よく聞かれるんですが、「昔からラーメン屋になるのが夢だった」という話ではないんです。友人から呼ばれたのが始まりで、それまでラーメン店で働いた経験はありませんでした。

勤めた店はフランチャイズでしたが、出来上がったスープを温めるだけではなく、店でスープを炊いていました。完全に一からではないものの、ラーメンづくりをちゃんと教えてもらえたのは大きかったですね。

店長として働く中で、そこで出していたラーメンやつけ麺なら、丹波でも通用するんじゃないかと思うようになりました。当初は同じフランチャイズでの出店も考えましたが、ロイヤリティや仕入れ条件を考えると難しかったので、「それなら自分でやればいいか」と独立することにしました。

丹波市で起業する際に懸念していたことはありますか?

一番は、お客さんがどれだけ来てくれるかですね。丹波市は人口自体が少ないので「そもそもどれくらいの需要があるんやろう」という不安はありました。

提供するのも丹波市界隈ではあまり見かけない魚介系の中華そばで、名古屋で学んだ味をベースにしているので、丹波の人にどこまで受け入れてもらえるのかは分かりませんでした。合わなければ少しずつ変えていこうと思っていましたが、ありがたいことにリピートしてくださる方も多いので、今のところ大きく変えずにやれています。

あと、夜は人が少ないだろうと思っていたので、夜営業は避けました。

当初の資金繰りはどうされましたか?

ほぼ借り入れです。商工会に相談して、日本政策金融公庫と地元の信用金庫から融資を受けました。

この物件はもともとスケルトンで、トイレくらいしかない状態だったので、内装や厨房機器などにもかなりお金がかかりました。始めてから分かることも多く、今もエアコンの追加を検討してたり、設備については少しずつ手を入れています。

起業する際、具体的な手続きについては誰かに相談されましたか?

まずは自分でかなり調べました。ネットはもちろん、当時ちょうどAIも使えるようになってきていたので、申請に必要な文章を作る時にもかなり使いました。

調べていると「まず商工会に相談」と出てきますし、補助金を調べても商工会の支援が必要なものがありました。地元で個人事業をしている知り合いからも商工会を勧めてもらったので、相談に行きました。

屋号の由来は何でしょう?

実は、そんなに深い意味はないんです(笑)

チャレンジショップの「あっとかいばら」に出店した時、とりあえず仮で付けたのが「麺屋とも」でした。僕が智之なので、「ともくん」「ともさん」と呼ばれることが多かったですし、昔から何かに名前を付ける時にも「とも」をよく使ってました。

正式オープンに向けて地元にちなんだ名前や英語の名前も色々考えたんですが、父から「わしらの年代は読まれへん」と言われて(笑)
一度「麺屋とも」で出店もしてるし、「もうそのままでいこう」と決めました。

ちなみに「麺屋」は、餃子や炒飯などはやらず、麺で勝負したいというスタンスの表明ですね。

開業されてからここまで、ビジネスの状況はいかがですか?

2025年11月24日にオープンしましたが、想定していた以上にお客さんに来ていただいています。感覚としては当初想定の1.1~1.2倍くらいですね。平日は丹波市内のお客さんが多く、土日の特に朝は市外から来られる方も多くて、京都や姫路、奈良などから来てくださる方もいます。

朝営業は、始める前から需要があるんじゃないかと思っていました。朝早く丹波へ来て、ここで食べてから次の目的地へ行く人や、逆に丹波から出掛ける前に食べていく人の「ワンクッション」になるかなと。多い日は朝だけで40人くらい来られることもあるので、ありがたいです。

起業してよかったこと、逆によくなかったことはありますか?

一番感じるのは、「思ってた以上に休みがない」ということですね。一応週休2日にしていますが、営業していない日にも仕込みとかやることがたくさんあります。「名もなき家事」みたいな仕事が本当に多いんですよね。

名古屋で店長をしていた時は仕事を人に振れましたが、自分で経営すると全部自分でやらなければいけない。「こんなに仕事あるんや」と、日々勉強しています。

人を育てることの難しさも感じていますが、最初は何をしたらいいか分からなかったアルバイトの子が、自分で考えて動いてくれるようになるとすごく助かりますし、成長が見えるとうれしいですね。

将来の展望はどのようにお考えですか?

「ラーメン屋だけで終わりたくない」という思いがあります。実家が花弁農家なので、将来的には父から栽培方法を教わりながら農業もやりたいです。例えば朝は僕が店に立って、昼営業を誰かに任せられるようになれば、その時間に農業ができるかもしれない。近所の農家さんから野菜を仕入れたり、一次産業を少しでも手伝えることもやっていきたいです。

また、もっと小さな店舗で、こちらで仕込んだものを使って、おじいちゃん、おばあちゃんが集まれるようなラーメン屋が田舎に増やせたら面白いな、という構想もあります。まずはこの店を細く長く続けながら、少しずつできることを増やしていきたいですね。

これから起業しようと思ってる人に対してのアドバイスをお願いします。

「起業したい」と本当に思っているなら、まずやったらいいと思います。必要なのは、勢いと数字ですね。勢いだけでもダメで、どれだけ売ったら、どれだけ利益が残るのかはちゃんと計算した方がいいです。

というのも僕自身、開業当初は原価計算でロスを十分に見ていなくて、「思ったより利益残らへんやん」となりました(笑)
自分にとって悪い方に見積もっておいた方が安全です。

それと、家族がいるなら、家族を一番の味方につけることですね。家族を説得できない状態なら、僕はやらない方がいいと思います。「経営者は孤独」とよく言いますが、僕は孤独というより、「判断を全部自分でしないといけない」ことが大変なんだと思っています。その相談を家族にできれば、孤独ではなくなると思うので。

 

※この記事は2026年10月13日に取材した情報をもとに作成いたしました。

 

事業者名 麺屋とも
代表者名 久下智之
〒 669-3461
住所 兵庫県丹波市氷上町市辺587-1
営業日時 朝 6:30頃〜9:00、昼 11:00〜14:00
定休日 火・水曜 ※その他臨時休業有
Instagram https://www.instagram.com/menya_tomo/