移住者インタビュー

Vol.15 / 2016.04.01

木と土の匂いの中で、「ここだからこそできること」を大切に、育む。「新鮮さを楽しむ」子育てとは

田中薫さん

田中 薫さん

伊丹市出身、2007年ご主人の転職をきっかけに丹波に移住した田中薫さん。昨年目出度く第3子の長男をご出産され、3児の母になった彼女。都会育ちの彼女が田舎で行う子育ては、「ここだからこそできること」を大切に慈しんだものでした。

済木麻子(以下、麻):こんにちは!あ、赤ちゃんが生まれてる!
田中薫さん(以下、薫):前会ったの、妊娠中でしたもんね。昨年8月に第3子が生まれました。今は、上が6歳、真ん中が4歳、で、この0歳の子の3人の子育てしてます。でもまさか自分が3人の母になるとは。子どもは1人で良いと思ってたので。
麻:そうなんですか?
薫:はい。丹波に来てからですよ、子どももっと欲しいなって思ったのは……。
麻:それは、そう思うきっかけがあったということですか?
薫:そうなんです。2007年に夫婦で丹波に移住してきて、2009年に今住んでいる家に引っ越してきて。その時には第1子を身ごもってたんですけど、住んでみて「周りに子どもっているんだろうか」という漠然とした不安が(笑)。当時丹波に知り合いもそんなにいなかったこともあって、どうやってお友達と遊ばせたらいいのかも分からず、このままでは大人とのコミュニケーションが取れても、子どもとのコミュニケーションが取れない子どもになってしまうかも……というところから、やっぱりきょうだい、いるかなと。で、産んでみて、大変なんですけど良かったと思っています。
麻:すごいなー。でも、お子さんが生まれる前に丹波に移住されてきたということは、お二人とも丹波の出身ではないということですか?
薫:二人とも、伊丹市の出身で。
麻:伊丹カップルですね!それがどういう経緯で丹波に?
薫:主人が、酒屋、酒屋の小売店の3代目で。ですが主人は、売る方よりも造る方に興味があるということで、酒造場への転職を考えていたんです。縁があって、丹波市市島町の山名酒造さんで働くことになり、そのために移住してきました。それに、漠然と田舎暮らしをしたいという想いも持っていて。
麻:仕事のことだけでなく、田舎暮らしへのあこがれもあったのですね。
薫:そうですね。たとえば、主人が幼いころから成人するまでボーイスカウトの活動を通して自然に触れていた事も一つです。私の方も、母方の田舎が丹波よりももっと田舎で、幼いころから長期休みの度、山や田んぼに触れていたという思い出もあるんです。引っ越しを考えたときは、遠方の九州まで足を運び視察しましたが、なかなか踏ん切りがつかなくて……。やはり双方の実家に気軽に会いに帰れる距離の場所、そして豊かな自然が身近にある場所をと思い、それが丹波だったのです。
麻:移住するとなるとまずは家さがしという感じですが、すぐに出会えましたか?
薫:それがねえ(笑)。はじめは駅近くにあるマンションに住んでいたのですが、主人の仕事場により近い場所で、やはり一軒家に住みたいと思うようになって。それで古民家などを探していたのですが、当時は、Iターンと言えば新規就農(農業をするために移住して、新しく農業に携わること)というイメージが強くて、私たちのように農業以外のことで移住してくる夫婦というのは珍しかったんです。知り合いもいなくて、なかなか物件にも巡り会えなかったんで、結局土地を購入して家を自分たちで立てることにしました。
麻:それは思い切った決断で、大変でしたね。
薫:ですよね。今は、Iターンと言っても新規就農の人ばかりでなく、本当にいろんなパターンで移住してくる人がいますよね。私たちの頃より、すんなり家に出会えるようになっているし、仕事も、移住してこっちで起業という人が増えてきて。すごいなと思っています。
麻:まさに、先駆けというか過渡期の中で移住してこられたんですね。実際に住まわれてみて、驚かれたことはありますか?
薫:もうね、いっぱいあるんです(笑)。同じ県内なんですけど、分からない言葉もあったりとか。住んでいる地区も、丹波市の中でも特に慣習やしきたりが残っている地域なんです。子どもが生まれたときや初節句には隣保の方がお祝いを持ってきてくださるので半返しを用意しておくことなど、知らないことばかりでした。どなたかが亡くなった時は世帯主がお葬式の前日にお扇子を持ってお悔みに行ったり、初盆に行ったりということも行われています。
麻:そういうことって、特に外から来た人は、生い立ちの中で学んだりできないですよね。そういう村の慣習などは、どうやって学ばれたんですか?
薫:どうしようと思っていたのですが、お向かいさんがとてもいい人で。私の母と同世代ということもあり、右も左も分からずお向かいさんに聞きに行ったら、「わしらを丹波のお父さん、お母さんだと思ったらいい、いつでも頼ってこい」と言ってくれて、その一言でどれだけ救われたか。何かあるたびに、聞きに行ったり頼ったりさせてもらっています。
麻:それはありがたいですね。やっぱり新しい地域に入るときは、何かと不安ですからね。
薫:それに、地域に入るときに子どもの存在もありがたいと思ったんですね。今の村に入った時お腹が大きかったのですが、本当に子どもを大切に、村で育てようという気持ちがある地域なので、それも受け入れてもらえた一つのきっかけだと思います。都会で赤ちゃん連れて歩いてても、かわいいねって声をかけてもらえることってそんなにないけど、ここだったらどんだけ言われるか(笑)。ご近所の皆さん、わが孫のように可愛がってくれます。
麻:分かりますー。村の子、みたいな感じで大切にしてもらえますよね。丹波でお子さんを3人育てていらっしゃいますが、自然の中での子育てという点でお話を聞かせていただきたいです。
薫:せっかくここにいるから、ここにある自然の中でしかできないことを体験させてあげたいと思っていて。でも、山はあるけれど自分たちで山に連れて行ってあげても、知識がないからどうやって遊んであげたらいいか分からなかったんですね。でも、主人の仕事関係の方から、「ムッレ教室」というのを聞いていて、良いやんって思ったんですけど、どこでやっているかもわからなくて。でもたまたま上の子関係で知り合ったお友達に聞いてみたら「私ムッレ教室行ってるよ」って。だから連れて行ってもらって、それからムッレ教室はずっと続けています。

ムッレの活動の様子

麻:「ムッレ教室」って、どんなことをされているんですか?
薫:ムッレ教室の目的はまず、子どもたちに「自然に出かけることの楽しさ」を伝えることです。自然と触れ合うことで子どもたちは自然と生物界の循環、共生について肌で感じ、暮らしの中で自然や環境、ほかの生物への気遣いを自然と学べるんですね。それを教えてくれるのが「ムッレさん」という架空の妖精さんで、この妖精さんがナビゲーターとなって自然や動物の言葉を子どもたちに分かりやすく伝えてくれる…そのことで、子どもにも受け取りやすいんです。元々はスウェーデン発祥なんですけど、丹波市市島町の方が日本に持って帰ってこられて、日本の本部は市島町にあるんですよ。ムッレさんがお伝えすることは、一例で言えば「ごみを捨てたらどうなりますか」というようなことだったり。ムッレ教室のプログラムは5,6歳児が対象なんですが、聞いてみたら2,3歳でも大丈夫だよと言ってもらえて、うちは上の子が2,3歳のころから行っていました。
麻:自然の中で遊ぶだけじゃなく、環境のことも学べるというのが新しいですね。
薫:小さい時からムッレをやっていると、自然に還るゴミと自然に還らないゴミという概念を子どもが自然と理解するようになりました。だから果物の皮とか、自然に還るゴミは土に埋めたりしますが、ビニールとか缶なら、「ごみを捨ててると、動物さんが食べて、おなかがいたくなっちゃう」と、子どもが自発的にひろってもってかえるようになりました。虫とかお魚を捕まえても、観察はさせてもらって、でも持って帰らずに、元居た場所、お父さんお母さんのいる場所に還してあげようね、というのがムッレ教室で伝えていることです。
麻:幼いうちから、ここでしかできないような素敵な学びを得ていますね。
薫:都会には都会の良さがありますが、やはり幼いころに土や木の香り、感触、風の音や動物の鳴き声、旬の物の味、五感を使って自然に親しむ機会を親子そろって楽しむことが大事だと思っております。遊ぶことだけじゃなくて、ここは食育ができる環境なので、丹波の人から見たら「家庭菜園」ですが、都会から見たら「家庭菜園の範囲を超えてる」くらいの菜園を作っています。子どもと一緒に野菜を育てて、一緒に食べています。うちの子どもたちが好き嫌いせず普通に野菜を食べるのは、自分たちで育てたということと、旬の野菜を一番おいしい時期に食べられるからかなと思って。それを見てると、親も一緒に頑張れるなって思います。
麻:お子さんと一緒にできることに、どんどんチャレンジされてる感じですね。
薫:それも、近所のおばあちゃんたちの見よう見まねでやらせてもらったり、地域の人が見に来て「上手にできてるよー」と言ってもらったりして、「ああ、これでいいんだ」と感じたりしながら、やっています。
麻:知り合いのいない環境に来られて、上手になじまれているのを感じます。
薫:ありがとうございます。あと、来た当初は知らなかったのですが、丹波市の各町にある子育て学習センターなどで子育ての情報を得たり、お友達ができたりしたのも大きいですね。子ども同士で遊ばせることもできるようになったし。利用しているお母さんが少ないように思うので、もっと多くの人が利用してくれるといいなって思っています。

 

【TURN WORDS】

「ここでしかできないことを体験させてあげたい」
人生の新しいステージに立った時、今までにあったものが「ない」ということ、そして今までになかったものが「ある」ということに気付く。「ない」ものを得るために行動し、「ある」ものにフォーカスして、ここだからこそできることを惜しみなく楽しむ。田舎で生み、自然の中で育てる薫さんの子育ては、恵みのありがたさが自然に子どもへと伝わっていく、そんな形に思えた。

interview / writing:済木麻子