移住者インタビュー

Vol.120 / 2026.02.10

昔から「人の温かさ」が好きでした~家族で10年ぶりのUターン~

西脇稜さん

こちらの記事は自身も移住者である丹波市移住定住相談窓口メンバーが行なった先輩移住者のインタビューです。令和5年度からは、インタビューさせていただいた方の人柄を知っていただくため、受け答えをなるべく自然のまま掲載しています。

丹波市山南町で生まれ育ち、高校卒業後は理学療法士の資格を取得するため大阪へ進学した西脇稜さん。大学卒業と同時期に、中学校の時からお付き合いされていた同級生と結婚。その後京都で3年、明石市で3年と生活されていました。

そんな中、二人の子どもに恵まれる中で、地元のことを改めて見つめ直し、「子どもには自然の中でのびのびと育ってほしい」との思いもあってUターンを決意。2025年冬、家族とともに丹波市へ戻ってきました。

地元で暮らすことを選んだ西脇さんが、今どのような日々を送り、これから何を思い描いているのか。詳しく話を伺いました。

 

市外に出たものの、地元が好きでUターンを決意

 

西脇さんのご出身はどちらですか?

 

丹波市山南町の和田出身です。高校は柏原高校に行きました。その後は理学療法士の資格をとるために、大阪の茨木市にある大阪行岡医療大学へ進学しました。その時点で一人暮らししたので、高卒で丹波を出ましたね。

 

大学卒業後はどうされたんですか?

 

卒業後は京都で就職して、3年ほど理学療法士として働いていました。それから明石市の方に転職して、そこでまた3年ほど働いたあと、2025年12月に丹波市に帰ってきました。

 

Uターンされて間もないんですね!

 

そうなんです。まだちょうど一ヶ月くらいですね。

 

明石に転職したのはどういった理由だったんでしょう?

 

理学療法の分野の中でもスポーツ分野に特化したくて、専門性を高めるために転職したんです。

それが今、同級生3人でペジサルというフットサルスクールを運営しているんですけど、そこに繋がっていきました。これまでメインは僕以外の2人が主にやってて、僕はちょこちょこ関わらせてもらってる感じでした。

 

西脇さんはサッカーしてたんですか?

 

そうですね、小2からです。サッカーしてて、よく怪我してたんです。病院で結構お世話になってたこともあって、理学療法士は「将来はこういう仕事がいいな」と思い始めたのがきっかけでしたね。

 

早いうちからされてたんですね。丹波にはどういった理由で帰ってきたんですか?

 

妻も丹波市出身の地元の同級生で、僕は昔から地元がすごい好きだったんです。上の子がちょうど4月から小学校一年生になるんですけど、子育て環境を考えた時に、やはり「田舎でのびのびと過ごしてほしい」という思いがあって、入学するまでに帰ってきたという感じですね。

 

なるほど。ということは結婚されたのはいつですか?

 

22歳の時で、大学卒業と同時くらいでした。妻とは中学校の頃から付き合ってて、高校は別々だったんですけど、妻は高校卒業後は一年ほど京都で就職していたので、お互いの家を行き来してましたね。

でも、妻は1年ほどで地元に帰ってたんですけど、僕の大学卒業と結婚を機に、一緒に京都へ出ました。お互い、「結婚するなら早めがいいなあ」という話になっていましたし、お互い実家も近いんですが、親も了承してくれてたのもあったんですけど。

 

中学校から付き合ってて、親公認で結婚て素敵な話ですね。帰ってくるにあたって、仕事はどうされたんですか?

 

隣の西脇市になるんですが、同じ理学療法士として働ける職場を見つけて、そちらで仕事させてもらっています。

 

なるほど。ちなみに今お子さんはお一人ですか?

 

2人ですね。6歳と3歳の男の子です。

 

住まいはどうされたんですか?

 

僕の実家の隣に建てました。妻の実家も隣の集落で近いし、お互いの親が近くにいるのはありがたいので。実家で親と同居するのは、やはり妻が大変だろうと思っていたので、別で建てることにしたんです。

 

先ほど、地元が好きだったという話がありましたが、お二人とも地元に帰りたいと思ってたんですか?

 

帰りたいと思ってたのは僕の方ですね。妻はまあまあ、どちらでもという感じだったんですけど。僕は昔から地元や田舎にネガティブな印象はなくて、中には田舎特有の何でも噂が回るとことか、人と人の距離感が近いのが嫌という人もいますけど、僕は逆に、全然知らない人とも挨拶する感じが「あったかいな」と思ってたんですよね。

今回も丹波に帰るって誰にも言ってなかったんですけど、周りの人はなんでか知ってたし、「あ、やっぱすぐ回るなあ」とは思いましたけど(笑)

 

今、改めて振り返ってみて、その地元に対する印象って、どういうところから持ちました?

 

やっぱり、大阪に出た時に衝撃を受けたんですよ。向こうで家の近所の人に今まで通り『こんにちは』って挨拶した時に無視されたんです。「何この人?」みたいな感じになって(笑)

丹波は、自分が認識できてない知らないおばちゃんから『お帰り』って言われたりとか、温かみがあるなあと感じるんですよね。あと、自然が好きです。都会に出て人混みがしんどいと感じたのもありましたし、都会でしか経験できないことも確かにあるんですけど、結局丹波から1~2時間で出れるじゃないですか。だから、都会から離れてもいいかなって思いましたね。

 

子育てに関しても、やはり田舎の方がよいと思われたんですもんね。

 

そうですね。以前まで住んでたところも子育て支援は相当手厚かったんですけど、それもあってか人が多すぎて、保育園とかでも子どもの数がすごいんですよね。だから親としては、「自分の子どもをしっかり見てほしい」という思いがある中で、その辺りで疑問がわいたんです。

交通量も多くて「過ごしにくいなあ」と感じる中で、田舎は子どもにとって友達の数が少ないけど、親以外の人も面倒みてくれるし、親同士の交流も深められるしで、そうした面では田舎は地域で子どもを見る良さをすごく感じるんですよね。

 

うーん、確かに。

 

なので、自然の中で遊びながら、人との繋がりを大事にできる子になってほしいという思いもあるので、田舎の方がいいなと、思っています。

 

10年ぶりに暮らす丹波での生活

 

10年ぶりに帰ってきた丹波の暮らしはどうですか?

 

いやあ、やっぱ冬は寒いですね、ほんとに(笑)

あと、お互いの両親も祖父母も健在で、近くにいてくれるというのと、家族大人数でご飯を食べるのは幸せを感じますね。僕の職業病もあるんですけど、いざ何かあればすぐ対応できるのもいいなあと思いますし、今のところ過ごしやすくていい感じです。

 

いいですね。実家の隣という事は、自治会は親が世帯主として出てらっしゃるんですか?

 

そうですね、同じ世帯ということで。まだ全然、どういう活動があるのか把握できてないところもあるので、地域のことはこれからという感じです。

 

今のお仕事についてはどうですか?

 

今の職場はスポーツ関係というよりは、高齢者を相手にすることが多いです。仕事とは別でフットサルスクールのこともありますし、ゆくゆくは自分で何かやりたいなという思いはあります。

 

ご自身の同級生は帰ってきてる人は多いですか?

 

今でも付き合いがあるのは基本的にサッカー関係者ばかりなので、地元の友達は何人かはいますが、ほとんど外に出ている印象ですね。逆に、姫路とかに住んでて、こっちに仕事で来てるみたいな人も中にはいたりしますが、それでも少数派ですね。

 

以前までの暮らしと比較して、丹波に帰ってきてよかったこと、よくなかったことは何でしょう?

 

以前住んでた明石は、とにかく車が混むのがストレスでしたね。どの道も混むので、普通にいけば15分のところが倍くらい時間がかかるんです。こっちはまず渋滞しないのがいいですね。丹波はなんだかんだ、不便さは感じないです。

丹波のデメリットとしては、冬の雪ですかね。今年は特に雪が多いと思うんですけど、雪のストレスは結構あります。でも、昔はもっと降っていて、子どもの頃はホワイトクリスマスが当たり前で、腰あたりまで積もるからいつもかまくら作ってた印象なので、だいぶマシになったんですけどね。

 

なるほど。街中はやはり人も多いですし、最近は不動産の価格もあがってると聞きますが。

 

僕も最初は明石に住み続ける覚悟で行ってたんですけど、ずっと賃貸で暮らすのもどうかと思い始め、家建てるとか買うことを考え始めた時に、向こうは丹波市内と金額を比べたら倍以上違うかったんです。

「さすがにそれはアホらしいな」と思ったのも、丹波市に帰ってくる理由の一つになってましたね。

 

一昔前は、「家建てて一人前、ようやく大人」みたいな考え方が当たり前だった感じがしますが、そういった事は考えてましたか?

 

ありましたね。僕は長男で、祖父が割と「長男は~」と言った話をする人なので、それの良し悪しはともかく、小さい頃から考え方の素地としてすり込まれていた感じはあります。

だから、自分の家を持つことに対する憧れはずっとありましたし、「実家に何かあった時は長男の僕の役目なんやろな」とか、そういった認識は常にありました。親は別に、そういうことは全然言わなかったですし、帰ってこいとも言われたことはないので。

僕としては、総じてこれまでのことは全て、丹波を嫌いになる理由にも、帰らない理由にもならなかったです。

 

家族みんなで気持ちよく暮らしていきたい

 

今後の暮らしの展望を教えてください。

 

まずは何より、子どもらには楽しく過ごしてほしいと思うのと、僕自身は仕事柄、介護とかそういったところにも関わりたいなと思っています。例えば、一人暮らしの高齢者で、買い物にいけず、病院に通えないといった人たちの助けができたらいいなと思います。

あとはずっとサッカーしてたんで、ペジサルのフットサルスクールにもっと関わっていけたらいいなと思っています。

 

フットサルスクールは現在どれくらいの人数来てるんでしょう?

 

対象は小学生で、人数の上限を40名と決めていて、今は36名ですね。みんな各サッカーチームに所属していて、プラスαで来てくれている子がほとんどです。

これまでは他の2人が主で運営してきましたが、これから僕もしっかり入っていきたいです。

 

子育てについてはどうでしょう?

 

その話は妻とよくするんですが、世界の情勢とか耳にすると心配なことばかりなので、この田舎ならではの環境の中で、1人でも生き延びていける力をつけてほしいと思いますね。

災害もそうですけど、意外と丹波は地震は少ないし津波の心配はないので、恵まれた土地なんだなと感じますね。

 

恵まれたといえば、ほぼ三世帯同居なのも羨ましく感じます。

 

そうですね。やっぱり子どもが小さいから、何かあれば助けてくれる、物理的に近い分助けてくれるというのは大きいです。逆に、祖父母が高齢で車乗るのも危ないとなれば、病院へ送るとか、こちらが助けられる部分もいっぱいあるので、そういうところはいいですね。

距離が近いと、別に頼んでないことまでお節介してくれてありがた迷惑な部分もあるんでしょうけど、でもそれが裏を返せば、この地域ならではの、人の温かみだと思うんです。そういうのがいいなと思うから、やっぱ帰ってきてよかったなと感じますね。

 

いいですね。

 

近くに親とか、子どもの面倒を見てくれる存在がいるから、自分もやりたいことに時間がとれるというか。前まではなかなかとりづらいものがありましたけど。それが、たまには夫婦2人で出かける時間も作れるようになったりするし、フットサルスクールとか自分の仕事以外の活動とかも余計な負い目なく関わりやすくなるというか。

そうした恩恵は結局、両親や祖父母が元気でいる間だと思うんですよね。僕の両親はまだ50代ですし、一番充実できる期間なのかなと。子育てもそうですが、家族みんなで気持ちよく暮らしていきたいなと思います。

こうした取材以外でもUターンされた方に出会いますが、結構な確率で話に出るのは、西脇さん同様、「市外に出て、近隣の人に挨拶したら無視された」という話。きっと、市外にでた元出身者の皆さんが一度は必ず遭遇する通過儀礼なのではないかと想像されます。都市部と地方、双方で暮らしたことがある人達からよく聞く話の一つで、双方の経験をして初めて比較検討できるものがあります。 また、Iターン歴10年強の筆者。個人的にここ数年は特にIターン世帯特有の「一統としての脆弱さ」を痛感する日々ですが、若くして結婚され、親含め親族が沢山近くにいる話を伺って、心の底から羨ましいと感じたインタビューでした。