移住者インタビュー

Vol.81 / 2022.01.25

子育てするママにとっての癒しの場を。自分自身の経験から、仕事になる趣味の形を一緒につくっていく

長澤 明美さん

こちらの記事は自身も移住者である丹波市移住定住相談窓口メンバーが行なった先輩移住者のインタビューです。新型コロナウイルス感染拡大防止に配慮し、検温とマスク着用にてインタビューを行っておりますが、写真撮影時のみマスクをはずして撮影させて頂いています。

子育ては田舎でしたい。自然がいっぱいの環境で子どもたちに遊んで欲しい。移住相談ではそんな理想を持ったお母さんたちのご相談を受ける機会もしばしばあります。今回ご紹介する長澤明美さんは、ご結婚を機に生まれ育った山口県から丹波市に移住してこられました。4人の子どもを育てるママでありながら、ご自身の趣味を仕事にするための活動もされる長澤さんですが、現在はその延長として子育てをするママの癒しの場として小さな事業を企画されているようです。とても女性らしくしなやかな長澤さんの暮らしや考え方について聞いてみました。

 

 

山口県出身の長澤さん。九州の大学で管理栄養士の資格を取得し、地元山口県の専門学校で調理師の先生として働いていました。そんな時に現在のご主人と出会い、結婚・出産を機に丹波市に引っ越して来られました。

 

 

20代で結婚・出産・移住を経験。子育てに奮闘しながら自分と社会との接点も探していく

 

大きなライフイベントを一度に経験することになった長澤さん。もともと近畿地方で暮らすことに憧れがあったそうですが、実際に来た丹波市はイメージに違いもあったそうです。

 

来てみたら、見渡す限り山だなあ~と。憧れてた近畿地方のイメージとは違いましたが、丹波市はちょっといけば都会があるんですよ。

私の実家も田舎ですが、頑張って広島県に行ったり、福岡県に行ったりしないと都会に出れなくて。それを考えると丹波市はすごくいいやんって思ったんです。

 

ただ、地元では雑貨屋とカフェをめぐるのが趣味だったんですが、移住当時の丹波市にはそういったお店が無かったんです。24歳でお母さんになったのでまだまだ遊びたい歳だったのもあって。

今子どもが4人いるんですが、2歳違いで産んでいるので30前くらいまでずっと子育てに必死で、子連れで遊びに行ける場所がなくて子育て学習センターにずっと通ってたんです。

 

今でこそ、様々なお店ができ都市部からも人が訪れるようになっている丹波市ですが、長澤さんが移住されたのは10年以上前。現在の丹波市とも様子が違っていました。子育てをしながらも、自分の好きなこととの接点を探していきます。

 

3人目が1歳になる頃に、こっちで初めてカフェ(丹波市のcafe ma-no)でパートとして働いたんです。そう思うと、今の面白い繋がりはほとんどcafe ma-noがきっかけ。当時、子育て世代に配慮したキッズメニューを考えようって話をしていたり、遊ぶ場所も当時は色々と子育て世代に優しいカフェを創ろうって偵察して、やりたいことに関しても全面協力してくれて一緒にさせてもらいました。

子育てをしながらパートタイムで働いていたカフェで、様々な繋がりや今の活動のきっかけとなる考え方に出会った長澤さん。子育てと両立して自分のしたいことにもチャレンジしていきます。

 

 

趣味のハンドメイドから、個性を活かした自分独自の表現へ

 

 

4人目のお子さんが産まれた時に、仕事を辞めて家庭に専念することになった長澤さんですが、それまで社会との繋がりがあったのに、今は自分と子どもだけしかいないとふっとさみしくなる時があったそうです。何かしら無理がない範囲での関わりができないか、ご自身の趣味も使って模索していきます。

 

元々はアクセサリーを作ったりして、趣味の範囲で丹波市のマーケットに出店したりしてたんです。ただ、これは1.2年前まで。一旦区切りをつけました。

 

 

なぜ区切りをつけたかって言うと、他にもいっぱいみんなが作っているからオリジナル性が無いなと思ったんです。その時、元々花が好きで、栄養士なので食べれる花に移行したいなって考えが浮かんだんです。エディブルフラワー(食べれるお花)にも注目したんですが、あまりおいしくなくて。そこは諦めて別の花をさがしていた時に出会ったのがお花の見た目をしたおはぎだったんです。

 

 

今は私を入れて5人で、月一回販売しています。最初は住んでいる地域のまちづくり組織に製造と販売ができる拠点があって、お母さん発信の何かをしたいと相談したところ、キッチンがある場所を借して頂けてスタートしました。

現在はメンバーのライフステージ(妊娠、復職など)に合わせて、家で許可をとって活動しています。私も他の仕事をしているので家で作業できる方が効率がいいですし、子連れでも来やすいと言って貰えますね。商品開発もしやすくなりました。

おいしい〜!って言ってもらえたりみなさんの反応がとても良くて、見た目のインパクトが強いので本当におはぎ?って言われたりして、楽しいですよ。

最初は地域の組織にきっかけを貰って始められたことを有り難かったという様子でお話される長澤さん。その後ご自身の環境に合わせてご自宅を活動スペースにしたところ、またうまく回り出したようです。敷地や家で広いスペースを使える地方ならではのスタイルかもしれません。

少し前までは自宅の道沿いに小さな小屋を建ててお菓子屋さんをする夢があったそうですが、今は空き家などを改装してみんなが(お母さんや学生さんも)集まれるような場所を作っていきたいなと考えておられるとのこと。長澤さんなら少しずつ、実現していかれそうだなと感じます。

 

他にも、紫玉ねぎを漬けたピクルスや、ザワークラウトという、ドイツのビアパブ等でソーセージの箸休めに出てくる付け合わせなどなど、色々なものにチャレンジしておられるそう。

 

 

 

自分と同じ子育て中のママたちの憩いの場になりながら、仕事にもできる事業にしていきたい

 

現在「夢見るお菓子 Toi toi toi (トイ・トイ・トイ)」という屋号で製造と販売の活動をしている長澤さん。色々な方に食べてもらって、しっかりと事業化できるようにも考えていきたいそう。

 

基本はインスタとFacebookで情報発信しているんですね。けど、おはぎなので年齢層で結構幅広く受け入れて貰えるし、おばあちゃんにも買って貰いたいんですが、インスタしてないのでどうしよう、、と思ったり。けど、お孫さんが予約して下さってみんなで食べる。みたいなことになってきてくれているんです。こんな横文字のお店でおはぎ売ってるとは思わないですよね(笑)

Toi toi toi という言葉は、ドイツ語で「今日の日が良くなるおまじない」という言葉らしくって。いいなと思って。

 

今はまだ事業化できてないのですが、ゆくゆくはママたちが認定こども園に預ける時の就労時間の条件をクリアできるくらいのレベルに持っていきたいんです。

私が子育てしていた当時は保育園に預けられる条件と合わず、それに私が凄く苦しめられて。預けて働きながら自分の時間も少し欲しい、となるとはっきりいって仕事がなくて。その中間のところが出来たら、と思ったのがキッカケですね。

 

 

小さいお子さんの子育てをしていると「ちょっとさみしいな」ってなると思うんですよ。二人とか抱えてたら限界がくるので、手仕事だとちょっとした息抜きにもなるかなって。

主人が正社員で働いてくれていて「私は子どもをみてないと」という状態だったので遊びに行ったり、ランチに行ったり、お金を払うことに抵抗があったんです。ちょっと遠慮するというか、なんか気晴らしに行くけどすっきりしなかったり。

それで、自分が少し稼いだらちょっと使ってもいいかなってところに行きついて。そうすると、気分転換にもなるし、経験上子どもへの向き合い方も変わってくるのではないかなって思うんです。

 

続けるためにはビジネスとしても成り立たせないといけないとも思っているんです。今は仕事を掛け持ちしていますが、ゆくゆくはこっちをメインにしていきたくて、色々と模索しています。

ただ、これをただただ販売するっていう目的よりも、子育て中のお母さんを助ける、癒しの場になればとも思っています。子どもを連れて遊びに行くときにおはぎを持って行って貰ってもいいし、お母さん同士でコミュニケーションが広がる場面を想像しながら作ると、楽しいですね。

 

 

 

長澤さんのお話を聞いていると、趣味、ビジネス、お母さん支援のNPO組織のちょうど真ん中くらいのイメージがしました。ビジネスによりすぎず、社会活動にもよりすぎず、趣味のレベルにも止まっていない。何という言葉があてはまるかな、と考えた時に「しなやかな人」だなと感じました。自分たちの表現したいことに止まらず、その話をゆるやかに広げていく。そんな活動は丹波市に元々からある気質を体現しているようにも感じました。もし田舎での子育てや自己実現をお考えの方がいたら、美味しいおはぎを買いに、もしかしたら一緒に作りに、長澤さんのところを訪れてお話を聞いてみると良いかもしれません。

 

 

 

アクセサリーの製作をしている時からの知り合いだった長澤さん。本当にいつも笑顔で、楽しそうな活動をされている印象でした。今回のインタビューでも終始和やかにお話してくださいましたが、芯があって自分としっかり向かい合っているように感じました。きっとお子さんを育てておられる時も大変なことがたくさんあったと思いますが、こうして笑顔を周りの人にも広げていこうとする姿勢を本当に凄いなと感じさせられるインタビューでした。