【起業インタビュー】株式会社竹岡農園

竹岡正行さん~農地が6町もない集落で、「農」から始まるすべての循環型事業を目指す農家~

移住した経緯を教えてください。

大阪教育大学を卒業した後、農業がしたくてネットで探してたら、栃木県で無農薬・無化学肥料の農業をしている先が研修を受け入れているのを見つけて。すぐ電話で直談判して、半年ほど行きました。

睡眠時間がほとんどなく、根性試しのような働きづめの毎日だったこともあって、車で事故を起こしてしまったんですね。それが一つのきっかけとして、辞めて帰ってきました。

その頃、父がセルフビルドで家を建ててみたいということで、この笛路村の風景がとてもきれいで気に入って家を建てたのはいいけど、在職中で神戸にずっといたので空き家になってました。

住んでいるところからあまり離れずに農業するのを理想としていたのと、最初は何も資本を持っていなかったので超安く借りれる家があるのは大きなことでした。それで栃木から帰ってきて、2010年から丹波市にきて就農することになりました。

この家の件がなければ、そのまま栃木で就農するつもりでしたね。

なぜ農業を始めようと思ったんでしょう?

大学生の頃バイトとして福祉現場で働いてたんですが、父が笛路村で家を建てている時に遊びにいった際、集落の人から黒枝豆をもらって、それを在宅介護の現場に持ち込みました。

人間関係が濃い現場で、笑ったところを見たことない先輩とか居たんですが、黒枝豆を食べるとみんな笑顔になり、リラックスしたように見えたんですね。

自分が出来ないながらも色々配慮したり頑張ったりしなくても、美味しい食べ物が人に幸せを感じさせるのだと知り、食材のすごさに興味を持ったのがきっかけです。

当初の資金繰りはどうされましたか?

当初ポケットマネーは8万程でしたから、工場で夜勤のバイトをしてました。そこで月30~35万程稼いでましたね。半年くらいしてトラクターや草刈り機等、最低限の道具がひとしきり揃ったところでバイトは辞めました。

なので当初の個人事業は、ほぼ借入せず、新たに何かやるとしても色々な補助金を活用させてもらいつつ、自分の持っている資本の中でやりたいことを工夫してやっていました。

最初の1,2年目、農業での利益は25万程だったので、集落の人がご飯に呼んでくれたり年間6万くらいの家賃で済んだのが大きかったですね。お金はないし、事故の影響で右手・右足はボルトが入ってて骨もないし、免許もないしで大変でした(笑)

途中、2018年で法人化する時は日本政策金融公庫さんから融資をうけました。人件費だけで飛びましたけど(笑)

丹波市で就農する際に懸念していたことはありますか?

野菜を買っていただくお客様が丹波市内になるとどうしても相場が安くなってしまいます。地元の方はほとんどの人が、安く良質な野菜を仕入れるルートがありますので。

しかし、露地で無農薬で栽培すると害虫に食われたり、手間が多くかかる割には一般的な規格に合う野菜が育ちにくいため安くは販売できません。ですので、少々高くなってしまっても無農薬栽培の野菜を求める都市部の顧客をどうやって集めるかが課題でした。

それでも収入とか、体が十分動かないとか懸念事項はたくさんありましたけど、以前の過酷な研修と比較すれば気楽なものでした。

就農のための事前準備はされてましたか?

特に準備はしてなかったですね。そもそも、野菜を売ったこともない人間でしたので、商売が何なのか、店を構えることが何なのかよくわからずにとりあえず始めました。ただ、栃木県での半年間の研修が、向こう3年分ほどの経験となったのが準備になったと言えますね。

法人化するまでは収支的なものよりも休耕田などの地域課題がたくさんあって、『とにかく稼がないと』とか、そういう発想がなくて。出来るだけお金に追われないような状態にしてたのが個人事業主時代でした。

株式会社として2018年に法人化したときは、既に年間100万~300万くらいのスモールビジネスがいくつかある状態でした。法人化したのは、アルバイトの方から『社会保険をかけてほしい』と言われ、当時は農業で社会保険をかけるのに法人化するのが一番楽だったという経緯です。

ちなみに、法人の中でも株式会社にしたのは、スタッフのみんなに意見を聞いてみたら、『株式会社でしょ。かっこいいから』と。理由はそれだけ。モチベーションが上がるならそれでいいかなと。

起業する際、具体的な手続きについては誰かに相談されましたか?

個人事業は自分で調べて行政に聞いたりしました。周りの先輩経営者も親切に相談のって頂ける人も多かったです。

法人化は、税理士さんや司法書士さんなど専門家にお任せしました。

あとは、経営者でおもしろそうな人のところに行って色々とお話を聞かせて頂きました。

開業されてからここまで、ビジネスの状況はいかがですか?

就農当初は暮らしと仕事を出来るだけ一緒にしたくて、住居を改修したり増築する形で2014年に酵素風呂、2018年に里山レストランが出来ました。農家民宿は2015年に向かいの古民家がたまたま空いて購入し、改修しました。

酵素風呂ができた2014年に結婚したこともあり、今後の展開を考えた際に個人農業を諦め、組織農業にシフトしました。個人事業のときは採算を合わせるのはそんなに難しくなかったのですが、やはり人を雇って小さな組織にしたことでキャッシュフローがどうしても必要になったことが大きな転機になりました。

当初は人を雇い、農家民宿事業など農業以外の新たな収益柱を立てるところから始めたのでコンセプトや単価などもそこまで練られてなく、人は来るけどそこまで利益が出ていないなどの課題がたくさんありました。その後、コロナ渦でかなり浮き沈みした事業もありましたが、現在はそれぞれの事業がようやく落ち着いてきたところです。

また、非営利活動としてNPO法人丹のたねを設立し、取り組んでいる里山ようちえん、里山楽校も小さなサイズだから出来ることを徹底して取り組めています。NPOではビジネスしたいというより、自分のやりたいこと、納得できることをやりたい人が集まってきていますね。

起業してよかったこと、逆によくなかったことはありますか?

良かった点もよくない点も同じで、やること多いってところです。

そもそもの思い込みや、なぜそうなのかみたいな根本的なことに疑問を持つ性格なので、0から色々と試せて気づきが多いです。

全て自分次第っていう、よくよく考えたら当たり前のことが肌身で分かるから有難いなと思うのと、おそらく死ぬまで自分のやることが無くならないイメージがあるので、暇にはならないでしょうね。

将来の展望はどのようにお考えですか?

これはもうご縁なのでなんともいえませんが、今仲間たちと話しているのは2拠点目を考えてもいい時期かもと言っています。この集落は農地が6町しかないですし、僕らはここでの現地サービスが主なので、万が一土砂崩れでもあれば一瞬で経営危機になるので、分散も考えていく必要があるかなと考えています。

もっと人が少なく、出来れば湖か海の近くで農業と関連サービスを行える場所を作れたら面白いですね。出来れば兵庫県内で。

起業を考えている人へのアドバイスをお願いします

とりあえず、僕は頭で考えずやってから整理しての繰り返しでここまでやってこれました。計画を立てるより、まず行動して形にし、形になったものを粘り強く修正し続けることでおもしろい体験がたくさんできます。

下手すると成功するより、その道のりの方が圧倒的に楽しいことが多いです。

自分も最初は本当にボロボロのスタートだったので、ひとつひとつ形になったり、人が集まったりする過程でたくさんの経験をさせてもらえました。失敗することを恐れず、人の目とかは気にせず、自分の足元や身の回りの人間関係を大切に進んでいけば大丈夫です。

自分の仕事に謙虚に、少しでも良くなるよう取り組んで、起業するしないに関わらず、自分が本当に幸せだと感じられる瞬間を増やしていってください。

※この記事は2022年11月8日に取材した情報をもとに作成いたしました。

 

事業者名  株式会社竹岡農園
代表者名  竹岡正行
 669-3131
所在地  兵庫県丹波市山南町谷川2787-1
電話番号  090-5677-6555
webサイト  https://takeokafarm.com/