三宅裕之さん~20年以上離れた丹波へUターン。独立の夢を叶え、夫婦で開いた中華料理店~
Uターン前はどんな暮らしをされてましたか?
僕は東京生まれの千葉育ちで、小学校6年生の夏に、両親の実家である丹波市に引っ越してきました。柏原中学校、柏原高校と過ごして、高校を卒業したらまた丹波から出たんで、なんだかんだ人生の中では6年半くらいしか丹波にいなかったんです。
高校卒業後は、西宮の調理の専門学校に行き、主に中華を学びました。その後は神戸のホテルで4年半ほど勤めたあと、横浜に異動になったんです。そこで妻がアルバイトで入ってきて出会い、結婚しました。
でも、子どもができた時のことを考えてどちらかの地元に行こうという話になり、僕自身もう少し修行したかったのもあって、妻の実家がある北海道の旭川に引っ越しました。
丹波市へUターンされた経緯を教えてください
北海道では食品会社に8年程いたんですが、なかなか子どもができなかったんです。それで、大阪にいる妻の従妹から「三宮にいい病院がある」と聞いてたこともあって、通院半分、独立への夢半分で、丹波に帰ることにしました。
でも、そのタイミングでコロナ禍になって。就職も厳しいし、当面は失業保険があったので少しゆっくりしてたんですが、その年の年末に大阪に出ることにしました。
大阪に出たところでコロナ禍なので、独立を考えた際の市場調査にもなると思ってテレビで当時話題になってたUber Eatsをやってみることにしました。ダイエットがてら運動にもなるなと(笑)
やってみたら意外と稼げましたし、仕事ついでに色んなお店入って、すごく勉強にもなりました。その間に、自分で店を出すとしたらどこでやるのかを考えました。子どもがまだ小さいので、子どものことを考えると、「実家がある丹波が一番都合がいいな」と思ったんです。
そんな時に、ちょうどこの物件が空いたんですよ。そのまま問い合わせをして、ここに入ることになりました。もともと夫婦二人でやる予定でしたし、これくらいの規模のお店を考えていたのもあって、ちょうどいいタイミングでした。
なぜ飲食業を始めようと思ったんでしょう?
中学2年生の時のトライやる・ウィークですね。将来を考える機会があって、それまでは漠然と「NBA選手になりたい」「消防士になろうかな」と考えてました(笑)
そんな時、両親が共働きで休日もいない日が結構あって、自分で昼ご飯を作るようになったんです。まずは袋のラーメンから始まって、それから「炒飯食べたいな」と思って、永谷園のチャーハンの素で作ってみたらはまったんです。それがきっかけで「料理いけるな」「自分に向いてそうだな」と思ったんです(笑)
丹波市へUターン・起業する際に懸念していたことはありますか?
仕入れ先や業者を全く知らなかったことですね。調べてもよく分からなかったですし、都市部の業者はここまで来なかったりするので、テナントの担当者から紹介もらうまで大変でした。
もう一つは、20年丹波を離れていたので、丹波市内に知り合いがどれくらいいるのか分からなかったことです。昔は携帯もなかったですし、高校出てからもつながっていた友達は大体外に出てるので、それも不安でした。
起業する際、具体的な手続きについては誰かに相談されましたか?
商工会ですね。この物件を見せてもらって、「春くらいには契約できそうだ」と分かった時点で商工会へ行きました。
以前、富良野で働いていたレストランも商工会とつながりが深いところだったので、自分の中では、商売をするなら商工会へ行くものだと思っていたのもありました。だから、商工会とか青年部に入ることに違和感がなかったですね。
当初の資金繰りはどうされましたか?
基本的に自己資金です。開業資金は大体1,000万円くらい必要と言われてたので、僕は就職してからずっと独立を目標にして貯金してきましたし、結婚してからもしばらくは共働きだったのでなんとか用意できましたね。途中、妻と日本一周するために200万円くらい使いましたけど(笑)
あと、丹波市の起業支援で家賃補助は利用させてもらいました。開業するまでに貯めたお金は、結局設備などの支払いでほぼなくなり、念のためランニングコストを借り入れしましたが、結局手をつけずにそのまま返済できてる状態でいけてますね。
屋号の由来は何でしょう?
店の名前を考える時に、まず読みやすい名前、覚えやすい名前というのは絶対条件でした。そこで、今から50年ほど前まで、柏原駅近くで僕の曽祖父が開業し、大叔父が展開した「みよし食堂」という店があったんです。
他にいい案も浮かばなかったですし、条件に「みよし」がしっくりきたので、名前を受け継がせてもらうことにしました。でも、うちは食堂ではないので、「中華料理みよし」。昔のみよし食堂を知ってる方も来てくれたら嬉しいなという気持ちもあって、決めました。
開業されてからここまで、ビジネスの状況はいかがですか?
この1年は、結果的に毎月ほぼ同じ程度の売上で、先日ありがたく1周年を迎えることができました。平日昼間のサラリーマンの方はもちろん、女性の一人客もいますし、意外と年輩の方も結構お越しになるので、色んな方々に支えられた1年だったなと感じてます。
ただ、込み具合とかの傾向が掴めてないところがあり、一日のピークが安定せず、日によって出るメニューが全然違うので、食材管理の面で新メニューがなかなか出せなかったりします。あまり出ないメニューほど根強いファンがいたりされるので、飽きのこない工夫もこれからの課題ですね。
起業してよかったこと、逆によくなかったことはありますか?
よかったのは、会社員として働いていた時とは違って、「やらされている」というストレスがなくなったことですね。独立したら、自分で考えて、自分の考えで店をやる。昔は休日出勤は嫌でしたが、日曜の買い出しもストレスではなくなりましたね。
ただ、夫婦でやっているので、仕事に対する意識や考え方が違うことでぶつかることがあります(笑)
でも、一緒に家の生活費を支えていることだったり、僕よりも愛想よく接客できるところで妻に安心して任せられる部分があったりするので、足りない部分を補い合えるのはいいところですね。
丹波市に帰ってきてよかったことはありますか?
この店をきっかけに、この年齢からでも友達がいっぱい増えたことですね。商工会青年部に入ったり、毎週水曜日にバスケへ行ったりしているのもありますけど、みんな仲良くしてくれるな、距離が近いなと思います。
同級生でも、オープンの時に来てくれた後もリピートしてくれたり。店の看板を取り付けに来てくれた人が実は同級生だったり、他にも先輩だったとか、実は親戚だったとか、お互い最初わからないんですよ(笑)
当時以上に仲良くなれている子もいるかもしれないですね。丹波の人だと、なんだかんだ話がつながって、人もつながっていくのが「帰ってきてよかったな」と思うところですね。
将来の展望はどのようにお考えですか?
働けなくなるまでこの店を続けたいですね。子どもが大人になって、今からあと20年すれば自分たちも60歳を超えて、一般的にいう定年の年齢になります。そこから先は、自分たちの体と相談しながらになると思いますけど、続けられるだけ続けたいです。
目先のことで言えば夜営業ですね。子どもがまだ小さいので今は金曜日しかやってないんですが、ある程度大きくなって「もう大丈夫だよ」と本人が言うようになった時に、次の展開を検討するつもりです。仕込みと閉店後の片付け、人手の問題もあるので、今は出来ることを頑張るのみですね。
起業を考えてる人に何かアドバイスをお願いします。
お金は貯めておいた方がいいです(笑)
それと、頼れる友人を沢山作った方がいいと思います。商工会に入ったこともあって、同じ飲食店の人や経営している人との知り合いがたくさん増えました。意外と、面倒くさいと思うことが大事だったりするから、自分の利益のために付き合うというより「友達が増えた方が楽しいことがいっぱいある」くらいの感覚の方がいいと思います。
※この記事は2026年9月7日に取材した情報をもとに作成いたしました。
| 事業者名 | 中華料理みよし |
| 代表者名 | 三宅裕之 |
| 〒 | 669-3311 |
| 住所 | 兵庫県丹波市柏原町母坪404 |
| 営業時間 | 11:00~15:00(金のみ11:00~15:00、17:30~21:00) |
| 定休日 | 日、祝日+不定休 |
| 電話番号 | 0795-86-8123 |
| https://www.instagram.com/chuka.miyoshi/ |