移住者インタビュー

Vol.121 / 2026.02.13

人との出会いが全てを紡いだ丹波出身夫婦

西井龍斗・明日香さん

こちらの記事は自身も移住者である丹波市移住定住相談窓口メンバーが行なった先輩移住者のインタビューです。令和5年度からは、インタビューさせていただいた方の人柄を知っていただくため、受け答えをなるべく自然のまま掲載しています。

丹波市市島町出身の明日香さんと、柏原町出身の龍斗さん。明日香さんは高校で調理を学び、京都の専門学校・ホテル勤務を経て飲食や接客の世界に携わってきました。一方、龍斗さんは介護の道に進み、福知山や丹波市内の施設で働きながら、休みの日を利用してコーヒーの出店などをされています。

コロナ禍をきっかけに一度地元へ戻った明日香さんは、丹波の食や人の魅力に改めて気づき、地域との関わりを深めていきました。コーヒーを通じて出会った二人は結婚し、2025年に丹波市での暮らしをスタート。

市外での経験を経たからこそ見えてきた地元の心地よさと、丹波で思い描くこれからの暮らしについて、詳しく話を伺いました。

 

同じ丹波市出身で、コーヒー好きがきっかけで出会い、結婚

 

明日香さんのご出身はどちらですか?

 

(明日香さん)
丹波市市島町の美和地区出身です。小中高までずっと実家から通っていて、高校は福知山淑徳高等学校に進学しました。淑徳高校は家から近かったのと、総合学科で様々な専門分野を勉強できるんです。その中で私は、高校在学中に調理師免許が取得できるということで、調理系列を選択しました。

3年間ずっと調理の勉強や実技をして、途中テストもありながら、卒業前に試験を受けて、合格したらもらえる感じでした。他にも介護などの福祉系列もあるし、保育士さんになりたい人の系列もあるし、ファッション系、アートとか、色んな専門分野が学べる学校でしたね。

 

卒業後はどうされたんですか?

 

(明日香さん)
京都にある、ホテル・ブライダル系の専門学校に進学しました。その後の就職も京都のホテルで3年ほど接客として働いていました。元々、高校で調理系に進んだのはカフェとかが好きだったからなんですが、専門学校も大阪のカフェ専門の学校に行くか、ホテルへの憧れもあったのでかなり悩んだんです。

それでホテルを選んだのは、礼儀とか接客について色々勉強できると思ったからで、実際ホテルでの接客も楽しくて勉強になることもたくさんあったんですが、ホテル業界だけでは視野が狭くなってしまうから、カフェとかも今のうちに経験しておきたいと思い、転職を考えるようになったんです。それがちょうどコロナの時期でした。

 

コロナ禍はやはり、色々考えますよね。

 

(明日香さん)
飲食業界がとても大変な時期で、カフェの人材募集をいくつか見て受けに行ったんですけど、どれもしっくりこなくて。その時に親が『一旦実家に帰ってきたらどうか』と言ってくれたので、一度2020年の春ごろに実家に帰ったのが最初のUターンでした。

コロナ禍が落ち着くまではバイトをして、落ち着いた頃にまた大阪か京都か都会の方に出て、カフェとかで働こうかなって思っていました。

 

バイトはどこでされてたんですか?

 

(明日香さん)
主に地元のスーパーの青果でバイトしていました。そこでバイトしていたら、丹波の野菜も置いてあって。野菜が元々好きだったんですけど、「丹波っておいしい野菜があるな」と思い始めたんです。

ちょうど1年経った頃に、母と一緒に以前から知ってた水分れ茶屋にふらっとコーヒーを飲みにいったんです。その時にオーナーの清水健矢さんと出会って、コーヒーを入れながら色々お話してくださったんです。

「地元の人ですか?」みたいな話から、「カフェをしたいんです」みたいな話をして。そしたら「ここも募集してるので興味あればどうですか?」みたいな感じで声をかけてもらったんです。

実際にコーヒーの経験もないしで色々悩みました。水分れ茶屋は1人で回すことになるから難しいかなと思ったんですけど、いいきっかけにもなるし、こんな贅沢なことはないと思って、2021年から他のバイトもしながらですがやることにしました。

 

水分れはマルシェもされてますよね。

 

(明日香さん)
そうです。水分れマルシェとかもあるから、それで丹波で色々活動してる人と出会って、マルシェで素材の良さを知ったりして、「あ、丹波っていいな、面白いな」って思うようになりました。ここがきっかけで、丹波の良さに気づいたって感じですね。

丹波は元々、ずっと過ごすイメージはなかったんですけど、地元だし落ち着くところではあったんです。京都に行っても、やっぱり戻ってきたら落ち着くし。だから、もう一度都会に出て、またいつかは戻ってきたいという風に思っていました。

 

龍斗さんと出会ったのはいつでしょう?

 

(明日香さん)
2022年に出会いました。お互いinstagramで存在は知ってたんですが、岡田美穂さんという共通の知り合いがいて、私はベルピーマンで働いてた時に、夫は美穂さんのteteでコーヒーを出させてもらったことで繋がっていて、美穂さんを通じてHeartBeatCOFFEEで顔を合わせたことがあったんです。

その後、青垣町で珈琲愛好家が月一ペースで集い、コーヒーで実験したり遊びながら探求している「Bloom Coffee」という会があって、夫とそこですごく話すようになったんです。地元が一緒、コーヒー好きということもあり、話がはずんで、それをきっかけによく会うようになって付き合いはじめました。

 

なるほど。結婚されたのはいつですか?

 

(明日香さん)
2025年7月です。丹波市が日本で一番暑い日と記録された日でした(笑)

 

わかりました。では次に、龍斗さんのご出身は?

 

(龍斗さん)
丹波市柏原町の出身です。地元の柏原中学校に行って、高校は福知山成美高等学校でした。高校卒業後は介護の道に進もうと、福知山で就職しました。

今は丹波市の老人ホームに転職して、正社員として勤務しながら、休みの日にコーヒーのイベントなどに出店しているといった感じです。

 

なるほど。明日香さんは今、お仕事はどうされているんですか?

 

(明日香さん)
結婚前から、私も未経験で介護を始めました。最初は三田市の介護施設で働き始めたんですが、少し遠いので丹波篠山市で一人暮らしを始めたんです。でも、「丹波で介護したいな」と思い始めて、それが夫も福知山の職場から転職を考えていた時期でした。

その時に、今の職場で働く人から『すごくいい職場だよ』と紹介してもらって、先に夫が働き始めたんです。その後、私も同じ施設で働くようになったので、丹波市に戻ることにし、氷上町にアパートを借りて引っ越してきました。それが2025年の6月でしたね。なので、2度目のUターンです(笑)

 

大人になり、一度市外で暮らしたからこそわかる丹波暮らしの良さ

 

丹波での暮らしはどうですか?

 

(龍斗さん)
いいですね。やっぱり地元っていうのもあるかもしれないですけど、今の家も周りが田んぼで田園風景が広がっていて、空気も気持ちいいし、夕方には近所の子どもたちが帰ってくる声がして、いいところです。ゆめタウンもあるし、その辺に色々揃っているから買い物もすごく便利です。

 

実家を継ぐみたいな話はないんですか?

 

(明日香さん)
二人とも次男・次女なので、そこは今のところ関係ないですね。ただ、夫の父親の実家が青垣にあって、10年ほど空き家として残っている状態なので、そこでいつかリフォームして暮らせたらいいなという話はしてますね。

青垣の方も色々と活動されている人が多いから面白いですよね。丹波もお店とかがいっぱい増えてるから面白いです。以前は都会がいいって思ってましたが、やはり地元で、地場の食材を使ったりするお店もすごくいいし、「都会に行かなくてもいいや」と思うようになりました。

(龍斗さん)
僕は一度も都会に住んでないですけど、特にメリットを感じませんし、理由もないので、住み慣れている丹波がいいなと思います。都会を経験してもいいなと思いますけど、結局ずっと住むつもりはないから、別にいいかなと思ってしまいますね。

(明日香さん)
コーヒーも丹波で揃うし、何でも揃うし。前は外に遊びに行くことが多かったけど、市内で色々行くことが多くなりました。

 

昔と比べて、丹波市内に変化を感じますか?

 

(明日香さん)
青垣のサジイチとか、色んなマルシェとか、小さいイベントが多くなってきたなと思います。センバヤとかでカフェをしたりとか、そういったことは以前はなかった気がします。昔は周りに何もないっていう印象でした。

(龍斗さん)
それこそ、愛宕祭りと柏原八幡宮の厄神さんぐらいしかなかったです。基本的に親の送り迎えで行動してましたし、行動範囲が限られていました。大阪とか福知山、三田にはよく電車で遊びに行っていましたね。昔は、丹波に興味を持ちたくても持てなかった感じはあります。

この年だから色々知れたのかもしれません。車に乗ってから、新しい発見がありました。大人になってから初めて青垣や山南に行きましたし、土地勘も全然なかったですね。

(明日香さん)
私はベルピーマンでお弁当の配達をするようになって、それで丹波の土地勘を知りました。青垣の奥の方に行ったり、柏原と山南がどう繋がっているとか、そういうのがないと全然分からなかったです。

一回市外に出たからこそ、知った良さがあると思います。戻ってきてやっぱり、比較できるからでしょうね。

 

地元に対する思い入れを感じるようになったのはいつ頃ですか?

 

(龍斗さん)
大人になってからですね。高校生までは何もないと思っていました。高校生の頃、遊ぶところといえば、柏原のボーリング場もなくなっていたし、山南町にあった靴のヒラキとゆめタウンのゲーセンぐらいしかなかったです。コープにミスドがあった時はミスドで友達と集まってましたけど、印象としては何もなかったです。

人と関わって、人の優しさに触れたからこの地域の良さを知ることができましたね。店員さんとお話をするとか、あんまり他ではないですよね。アパートの目の前の人が挨拶してくれたり、近所のおばあちゃんが「おかえり」って言ってくれたりします。

 

子育てについて何か思うことはありますか?

 

(明日香さん)
「子育てするなら丹波でしたいな」って、昔から思っていました。両親が近くにいるし、自然の中で育てたいです。それでいつかは戻ってきたいと思っていました。でも、丹波で出会いがなかったら、戻ってきていなかったとは思います。

 

これからの理想の暮らし

 

今後の展望を教えてください。

 

(龍斗さん)
先ほど言った青垣の家で、住居兼加工場を作って、焼き菓子とかコーヒーの焙煎とかができるような場所にしていきたいなと思っています。主としては今の職場で働きつつ、これまで趣味の延長でやってきたコーヒーも、介護や福祉の仕事に繋げていって、カタチにしていきたいなと思っています。

(明日香さん)
丹波で暮らす意味として、ゆっくりのんびり暮らしたいなと思っています。仕事については、まずは介護福祉士の資格を取りたいと思っています。夫はもうすでに取得して、私はつい最近、試験を受けたところで、今はその結果待ちです。

あと、やっぱり施設にいると、利用者さんにとっては毎日が基本的に同じ日常で、すごく楽しみっていう楽しみがたまにしかないかなと思うんです。そういう人たちにも、ちょっと自分たちから出向いて、ちょっとした楽しみとしてコーヒーとか提供できるものができればと思っています。

 

(龍斗さん)
あとは、今年丹波市で結婚式をしたいなと思っていて、結婚式を丹波でしたいと思ったのは妻が何度か米田有為子さんTSUMUGU Weddingのスタッフとしてお手伝いしたことがあって、地元ならではのこんな素敵な結婚式ができるんだと思ったのがきっかけでした。それで、米田さんと打ち合わせをしているところです。

二人共通の知り合いが多く、その方たちにお世話になったため、式に来てもらったら感謝の気持ちを伝えたいという思いが強いです。

(明日香さん)
丹波に戻ってきて、色んな人たちに出会ったからこそ、より丹波の面白さや丹波の良さに気づくことができました。当日は私たちらしい結婚式をして、その後の暮らしを充実したものにしていければと思っています。

丹波市出身の子どもたちは、高校卒業まで自分の足と言えば自転車か電車ぐらいしかないのが当たり前で、約500㎢という広大な面積の丹波市内を全て知ってる、行ったことがあるといった状態になることが極めて難しいのが実情です。見たこともない映画をおもしろいと思えないのと同じことで、西井夫婦と同じく、大人になって、車などの足を手に入れて市内のあれこれを見に行き、色んな人に出会って丹波の魅力に気付いたという人は案外多かったりします。お二人の話を聞いていてふと、以前、人生の先輩でもある、昔からお付き合いのある丹波市内の事業者さんとお話していた時に、「町は昔からずっと、何も変わらんよ。皆がかけてるメガネが変わってるだけや」とおっしゃっていたことを思い出しました。